勝沼・甲府

 プレミアムフライデーではありませんが、昨日は午後休みを取って1泊で勝沼に来ました。E400ステーションワゴンにしようかと思いましたが、ナビが不安なのでSLC43です。中央道はところどころ工事渋滞で勝沼に着いたのは予定よりやや遅く夕方になってしまいました。

 勝沼には何回も来ていますが、今回はカミさんの希望で勝沼周辺と甲府の寺社を回るのが中心です。勝沼に着いたのは4時過ぎで、宿泊するぶどうの丘に行ってワインカーヴで試飲をしようかとも思いましたが、この時間にワインだけたくさん飲んでしまうと夕食に差し障るので止めておきました。

 塩山の恵林寺へ行ってみました。

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 恵林寺は甲斐武田氏の菩提寺として有名で、武田信玄のお墓もあります。武田信玄のお墓についてはまた後ほど。

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 山門です。有名な「滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば火も自ずから涼し)」の扁額が掲げられています。

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 庫裏の入口です。

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 方丈と武田不動尊堂をつなぐうぐいす廊下です、きれいによく鳴きます。この奥に、信玄の生前の姿を模したという不動明王の坐像がありますが、そちらは撮影禁止です。以前はなかった格子戸で仕切られ、隙間からしか拝むことができませんでした。

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 また、以前はここから武田信玄のお墓に行くことができたのですが、「昨年5月をもって墓所への立ち入りは月命日の12日のみとする」という張り紙がありました。

 恵林寺は庭もきれいですね。開山の夢窓疎石が築庭したそうです。

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 宿泊はぶどうの丘です。ここに泊まるのはもう数回目です。料理を食べながら赤白2本飲んでしまいました。

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 今日は朝は雨が降っていました。昨日行った恵林寺近くの放光寺です。

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 源平合戦で功績をたてた安田義定が一ノ谷の戦いの戦勝を記念して創立したそうで、安田一族の菩提寺でした。その後、武田氏の庇護を受けて発展したそうです。

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 龍光院です。放光寺から龍光院への道はかなり狭くSLCではぎりぎりでした。

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 平安時代の創建で、塩田北条氏の菩提寺と伝えられています。雨が降っていましたが、お参りしてください、と本堂を開けてくれました。

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 恵林寺方面から塩山市街地に戻る途中に向嶽寺があります。

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 臨済宗向嶽寺の大本山ですが、非公開寺院です。駐車場や境内の一部は解放されていて庫裏までは行けますが、本堂や国の名勝に指定されている庭園などの拝観はできません。写真背後の山は塩山という地名の由来となった塩ノ山です。

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 管田天神社です。古くから甲斐源氏の鎮守とされ、甲斐武田氏の篤い保護を受けて発展したそうです。武田家相伝の国宝「楯無しの鎧」がありますが、残念ながら一般公開はされていません。

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 随神門の中に茅の輪が見えます。そういえば昨日は6月30日、夏越の祓があったんですね。

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 随神門の中にありますが、一般的な茅の輪くぐりの回り方をするのでしょうか。

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 塩山市街地を抜けて慈雲寺へ行きました。境内には樋口一葉の碑がありますが、参道脇にも一葉が本を読む姿の像もありました。

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 有名なイトザクラは7月ですのでこの通り。お寺の方の話では、今年の桜の時季には3万人ほど来たそうです。

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 勝沼に戻ってぶどう寺とも呼ばれる大善寺です。ようやく雨が上がってきました。

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 長い石段を登って国宝の本堂です。薬師三尊が祀られているので薬師堂とも呼ばれています。山梨県内で現存する一番古い建造物だそうです。内陣の須弥壇には薬師三尊を安置する国宝の厨子があります。薬師三尊は秘仏で5年に一度開帳されます。次は来年10月だそうです。厨子の前には薬師如来と日光菩薩、月光菩薩の写真が展示されていました。薬師如来は左手にぶどうを持っています。

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 自家製ワインを売っていました。

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 景徳院です。織田・徳川勢に追われた武田一族が滅亡した地で、徳川家康が武田勝頼を弔うために建立したそうです。

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 この山門は江戸時代に造られたものだそうです。境内には武田勝頼、信勝父子、勝頼の正室北条夫人が自刃したという生害石、3人のお墓もあります。もっとも、3人のお墓は江戸時代中頃に建てられたそうなので、そこに3人は眠っていないかもしれません。

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 甲斐國一宮、淺間神社です。

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 こちらも随神門に茅の輪がありました。

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 甲斐国分寺跡です。草の中に当時の建物の礎石がいくつも見えました。現在の国分寺はこの近くにあります。

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 甲州市内には馬刺しなどを扱っているお店がいくつもあります。こちらのお店には「鹿肉・猪肉あります」の看板が置いてあったので入ってみました。ご夫婦でやっているお店で、だんなさんが自分で猟をしてきた猪や鹿を解体して販売しているそうです。この時期はまだ脂がのっていないと思いますが、「仕留めて1週間なんでちょうど食べ頃だよ」ということだったので猪肉と鹿肉を買いました。国産の馬刺しもあったのでそれも買ってきました。クーラーボックスを持ってきていてよかったです。

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 お昼は定番のほうとうを食べ、午後は甲府に行きました。

 酒折宮です。古事記、日本書紀にも記されているという古い神社で、日本武尊がここで連歌を詠んだとされ、連歌発症の地といわれています。

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 こちらにも茅の輪がありました。

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 ふつうより1回多いです。拾遺和歌集にある夏越の祓の歌が書かれていました。

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 拝殿前にはおみくじの機械がありましたが、そこに貼られた紙垂にはなぜかサザエさん一家の顔がついていました。

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 甲斐善光寺です。川中島の戦いを機に、武田信玄が信濃善光寺の本尊善光寺如来などの諸仏を移したことに始まるそうです。善光寺如来の前立として造られた阿弥陀三尊像が現在の本尊となっています。

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 本堂です。中陣の天井には巨大な龍が二匹描かれています。いわゆる鳴き龍で、手を叩くときれいに鳴り響きました。こちらにもお戒壇巡りがありますが、信濃善光寺と違って、階段を下りて一周し、また同じ階段を上ってきます。

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 武田神社です。躑躅ヶ崎の武田氏の館跡に大正時代に造られた新しい神社です。

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 ここにも茅の輪がありました。

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 境内にあった水琴窟です。いい音がしていました。

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 武田神社から信玄公墓所に行く途中に山梨縣護國神社があります。

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 本日最後に行ったのは信玄公墓所です。

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 武田信玄のお墓は各地にあります。昨日行った恵林寺にもありますし、武田神社近くのここにもあります。信玄が戦から甲斐に戻る最中に亡くなったという長野にもありますし、遺体は諏訪湖に沈められたという説もあります。信玄が亡くなった時に、「3年間、死を隠すように」と遺言したといわれ、これがさまざまな伝説を生んできたのでしょう。

 ここの墓所は信玄の火葬塚ともいい、信玄の遺体を火葬にしてその骨を納めたと言われています。しかし、信玄が亡くなった当時は火葬は一般的ではなく、通常は土葬だったのではないでしょうか。当時は火葬には大変な労力が必要で、その死を隠していた信玄の遺体を秘密裏に火葬するのは困難だったと思います。江戸時代にここで「信玄の石棺」が見つかり、そこに建てられたのが現在のこの石碑だそうです。

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 ちなみに、現在見るようなお墓の石柱が作られるようになったのは江戸時代からだそうで、信玄に限らず、遺体・遺骨の納められていない歴史上の人物のお墓が各地で造られたようです。

 恵林寺では信玄の遺言通りに3年後に勝頼が葬儀を執り行っています。土葬であれば当然それまでにどこかに埋葬されたでしょうし、火葬したとしても3年後の葬儀まで埋葬しなかった、とも思えません。

 そもそも、戦から甲斐に戻る途中とはいえ、遺体をこっそりと長期間運ぶことができたのか、という疑問もあります。信玄が亡くなったのは4月12日とされていますが、旧暦なのでそれなりに暑かったでしょう。時間が経つと遺体は腐敗してくるでしょうし、運ぶのは大変だったはずです。愛知県設楽町の福田寺にも信玄のお墓がありますが、福田寺には、「信玄の一行が寺に泊まり、信玄を埋葬した」という古い記録があるそうです。

 400年以上も前のことですから真相は永久に分からないかもしれません。分からないからこそ、こうやっていろいろな説があって歴史のロマンが広がるのですね。
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tag : 勝沼 ぶどうの丘 恵林寺 大善寺 酒折宮 甲斐善光寺 武田神社 武田信玄墓所 茅の輪

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