京都4日目

 京都観光最終日です。午前中は大徳寺の拝観予約がありますので、その後は東山の寺社を中心に回る予定です。

 大徳寺は臨済宗大徳寺派の総本山です。鎌倉時代末の創建ですが、室町時代には応仁の乱で荒廃し、その後、一休和尚が復興したそうです。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立し寺領を拡大しました。それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ、現在では24の塔頭寺院が残っています。

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 他の大きなお寺もそうですが、塔頭寺院は一般公開されていないところがほとんどです。大徳寺も本坊をはじめ多くの塔頭は非公開で、一部が期間限定などで公開されています。常時拝観可能なのは大仙院、瑞峯院、高桐院、龍源院の4か所で、この秋は本坊、聚光院、黄梅院、真珠庵、興臨院、総見院の6か所が期間限定で拝観できます。うち聚光院、黄梅院、真珠庵は予約制です。

 本日拝観可能なのは常時拝観可能な4寺院のほかは本坊と聚光院です。興臨院も公開期間中なのですが、20日から22日までは拝観休止となっています。残念です。まずは拝観予約をしてある聚光院です。

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 本堂には狩野永徳とその父、松栄による国宝の障壁画46面がありますが、京都国立博物館に寄託されていて、聚光院には複製画が置かれています。今年は聚光院の創建450年だそうで、それを記念して障壁画が9年ぶりに聚光院に戻っています。また、公開はされていませんが、聚光院には千利休のお墓があるそうです。

 門のところで予約票を提示して中に入ります。ここから先は写真撮影禁止です。建物の入口ですべての手荷物を預け、ツアー形式の拝観となります。庭園、障壁画、茶室などの解説を聞きながら拝観しました。茶室は表千家7代如心斎が千利休の150回忌に寄進したものだそうです。

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 大徳寺の本坊です。本坊も中は撮影禁止です。

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 こちらはツアー形式ではありませんが、各所に案内の方がいて詳しい解説を聞くことができました。公開されているのは方丈、法堂、唐門です。方丈には狩野探幽の障壁画があります。方丈からは庭園と唐門が見えますが、唐門は法堂側からも見ることができ、そちらで解説を聞けます。法堂には狩野探幽の雲龍図があります。これは本坊の外の道路から撮影した法堂です。

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 せっかく来たので公開されている塔頭を回りました。大仙院は大徳寺北派の本庵とされています。

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 瑞峯院は内部を撮影することができました。

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 方丈を中心として枯山水の庭がきれいです。

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 高桐院です。こちらも内部の撮影ができます。

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 書院は千利休の邸宅のものを移築したといわれています。

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 本堂の庭園には鎌倉時代の石灯籠があります。

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 龍源院は大徳寺の塔頭では一番古く、南派の本庵とされています。

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 龍源院も撮影できました。これは方丈庭園です。中央に苔むした島があります。ちょっと変わっていますね。

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 次に向かったのは北野天満宮です。学問の神様菅原道真を祀り、全国約12000社の天満宮、天神社の総本社であり、太宰府天満宮とともに天神信仰の中心地です。

 のぼりにあるずいき祭というのは、10月初めに行われる道真公を祀るお祭りだそうです。

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 上賀茂神社は正式には賀茂別雷神社といいます。賀茂氏の氏神として祀られたのが始まりとされ、平安遷都後は平安京鎮護の社となり、鬼門の守り神、厄除けの神として信仰されています。

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 細殿(拝殿)前には立砂という円錐状の2つの砂の山があります。鬼門にまく清めの砂の起源だそうです。

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 東山へ向かったところ小雨が降ってきました。この4日間、どうも天気はすっきりしません。

 まず行ったのは京都最古の禅寺とされる建仁寺です。

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 他の多くのお寺と違い、建仁寺は建物内のほとんどの場所で写真撮影ができます。本坊の玄関を入るとまず風神雷神図がお出迎えです。

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 もちろん、国宝の本物ではありません。本物は京都国立博物館に寄託されていてめったに公開はされません。建仁寺には風神雷神図の複製が2点あり、これは陶板に描かれたものです。

 もう1点がこちら。シルクスクリーンでしょうか、10畳ほどの小さな部屋に展示されていました。部屋の入口に風神雷神の説明がありますが、部屋の中への立ち入りは禁止されていました。玄関の風神雷神図と違い、こちらはじっくり見る人が少なかったです。というか、こちらの風神雷神図を見ずに通り過ぎて行く人がたくさんいました。

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 法堂の天井の双龍図です。こういうものまで撮影ができます。他にも雲龍図などの襖絵(これらも複製ですが)など見どころがたくさんあります。

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 ○△□乃庭です。建仁寺の案内によると、三つの図形は宇宙の根源的形態を示し、禅宗の四大思想(地水火風)を地(□)、水(○)、火(△)で象徴したものだそうです。奥深いですね。

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 八坂神社は平安遷都以前から当地にあったとされる神社で明治になって改称するまでは祇園社と呼ばれていたそうです。

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 本殿の柱には亀がいました。

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 知恩院は浄?宗の開祖、法然上人が住んだ草庵が起源とされ、浄土宗を信奉する徳川家康が寺域を拡大しました。大きな三門です。

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 国宝の御影堂は修理中でした。

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 阿弥陀堂から法然上人御堂へ行く際に修理の様子が少し見えました。

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 南禅寺は京都五山、鎌倉五山の上におかれる別格寺院で、日本の禅寺の中で最も高い格式を持つとされます。

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 銀閣寺は正式には東山慈照寺といい、金閣寺と並んで相国寺の山外塔頭寺院の一つです。

 銀閣も正しくは観音殿といいます。よく知られているように、銀閣には銀箔が貼られたことはありませんが、江戸時代以降、金閣になぞらえて銀閣と呼ばれるようになったようです。

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 銀沙灘、向月台の向こうに銀閣が見えます。これらの砂盛が今の形になったのも江戸時代とのことです。

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 銀閣寺の庭園は錦鏡池を中心とする池泉回遊式庭園です。

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 本日最後は清水寺です。清水寺は平安京遷都以前から京都にある歴史ある寺院です。

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 この本堂舞台は近々改修工事が始まります。工事は数年かかる見込みとのことですので、次に私たちがこの光景を見ることができるのはかなり先になるでしょう。

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 京都出たのはもう夜だったので、帰宅したのは夜中でした。

 天気が悪いのは残念でしたが、この4日間、京都の御所、離宮、おもだった寺社をたっぷりと見学、拝観することができました。カミさんはたくさんの御朱印をいただいてご満悦です。

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tag : 大徳寺 北野天満宮 上賀茂神社 建仁寺 八坂神社 知恩院 南禅寺 銀閣寺(慈照寺) 清水寺

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