大阪1日目

 しばらくぶりにカミさんと大阪に来ました。カミさんは昨年も子供たちと遊びに来ていますが、私はしばらくぶりです。今回は寺社を中心に回る予定なので、車ではなく電車で移動します。市営地下鉄の1日乗車券を買うと、地下鉄だけでなく、いろいろな施設の割引きもあります。

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 まず梅田に出て、露天神社(つゆのてんじんしゃ)へ向かいました。ここは古代には大阪湾に浮かぶ小島だったそうで、そこに1300年ほど前に創建されたといいます。菅原道真が太宰府に流される途中で参拝した際に、「露と散る涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出ずれば」と詠んだことから「露天神社」と称するようになったということです。元禄時代にこの境内で実際に起きた心中事件をもとに、近松門左衛門が「曽根崎心中」という人形浄瑠璃を書きましたが、その曽根崎心中のヒロインの名前「お初」にちなんで「お初天神」と言われています。

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 境内には「曽根崎心中 お初 徳兵衛 ゆかりの地」という石碑や、2人の300回忌に、氏子の寄付によって建立されて2人のブロンズ像もあります。

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 少し歩いて近くの太融寺です。太融寺は嵯峨天皇の勅願により弘法大師が創建したそうです。ご本尊の千手観世音菩薩は、嵯峨天皇の念持仏を下賜されたものということです。太融寺町として地名にもなっています。

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 大阪城落城によって秀頼と共に自刃した淀殿の遺骨は、弁天島に祠を作って埋められましたが、明治10年、城東練兵場(現大阪城公園)造成にあたり、豊臣家に縁の深い太融寺に埋め九輪の塔を建て祀りました。塔は戦災の影響で現在は六輪となっています。

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 また少し歩いて堀川戎神社です。ここは6世紀の創建と伝えられ、商売繁昌の蛭子大神を祀っていて「堀川のえべっさん」と慕われています。江戸時代に盛んになった、毎年1月9~11日に 行なわれる十日戎が有名で、当日は商売繁盛を願う数十万の人々で賑わうそうです。

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 さらに歩いて大阪天満宮へ向かいました。参道はアーケード街になっていて日差しを防いでくれます。

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 菅原道真が太宰府に流される途中、摂津中島の大将軍社に参詣したそうです。その約50年後、大将軍社の前に突然七本の松が生え、夜毎その梢は金色の霊光を放ったといいます。この出来事を聞いた村上天皇の命によって大阪天満宮が創建されたということです。

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 その大将軍社は大阪天満宮境内にあります。

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 北浜まで地下鉄に乗って少彦名神社へ行きました。少彦名神社はビル街の中にひっそりと建っています。ビルとビルの間に入口があり、その奥に鳥居と本殿があります。

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 社務所にはこのような張り紙がありました。何回も剥がされているのでしょうか、テープの跡がたくさんありました。

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 ここ道修町は、豊臣時代頃から薬種取引の場として薬種業者が集まるようになっており、江戸幕府は道修町の薬種屋を株仲間として、薬種を全国へ売りさばく特権を与えました。神のご加護によって職務を正しく遂行しようと、少彦名命と神農炎帝を祀って神社を建立したといいます。少彦名命は日本の医薬の祖神、神農炎帝は中国医薬の祖神だそうです。

 神社の社務所のビルには、「くすりの道修町資料館」という資料館があり、江戸時代の薬のことなどが展示解説されていました。

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 江戸時代の薬種問屋から現在は製薬会社となった会社は多く、淀屋橋駅まで歩く間に有名な製薬会社の本社ビルがいくつもありました。

 本町まで地下鉄に乗って坐摩神社へ行きました。神功皇后が新羅より帰還した際に奉祀されたのが始まりとされ、延喜式では摂津国唯一の大社とされています。摂津国一の宮で、坐摩は「いかすり」と読むそうです。

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 近くには難波神社があります。植村文楽軒が境内で稲荷社文楽座という人形浄瑠璃小屋を開いたので、文楽発祥の地といわれます。境内東門外に「稲荷社文楽座跡」の碑があります。

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 地下鉄に乗ってなんばへ出て、難波八阪神社へ行きました。鳥居を入ると、巨大な獅子頭をかたどった絵馬殿が目を引きます。高さ12m、幅11m、奥行10mもあるそうです。

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 なんばから南海線に乗って住吉大社へ行きました。住吉大社は全国に2300社以上ある住吉神社の総本宮です。下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉の一社と言われるそうです。

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 本殿が四つに別れ、第一本宮から第三本宮までが縦に、第四本宮は第三本宮の横に並ぶ配置は他にないものだそうです。「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」ということだそうです。

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 第一本宮の南には五所御前と呼ばれる場所があり、住吉大神を最初に祀った場所とされます。ここの垣内にある玉砂利をお守りにする習わしがあり、「五」「大」「力」と墨で書かれた石を探してお守りにすると、体力、智力、財力、福力、寿力が向上するそうです。腕を入れて石を探す人が何人もいました。

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 第一本宮の奥には楠くん社(「くん」という文字は写真をご覧ください)があります。

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 楠くん社の方にお話を聞きましたが、「はったつさん」と言われ、毎月最初の辰の日「初辰」にお参りすると、力を与えられて守り助けてもらえるということです。4年を一区切りとして、48回参拝すれば、満願成就だといいます。これは、「四十八辰」、つまり始終発達するという意味からきたものだそうです。参拝の際に招き猫を一つずつ買うそうで、お金を招く右手を挙げた猫、人を招く左手を挙げた猫、毎月交互に買うということです。今月は右手を挙げた猫でした。

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 住吉大社から路面電車に乗って安倍晴明神社へ行きました。安倍晴明神社は京都が有名ですが、こちらは陰陽師安倍晴明の生誕地といわれています。

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 近くには阿倍王子神社があります。王子社とは熊野大社の末社という意味で、熊野詣が流行した平安時代に熊野街道に沿って休憩と遥拝のために建てられた神社のことで、熊野九十九王子と呼ばれたそうです。それぞれは地元の名前を付けて、「◯×王子」といわれ、ここは阿倍野にあるので、阿倍野王子と呼ばれたものが現在は阿倍王子となったそうです。安倍晴明神社は阿倍王子神社の飛び地末社だそうです。

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 夜は肥後橋にある「むらさき」という鯨料理の専門店に行きました。

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 鯨の刺身盛り合わせです。器は鯨のヒゲだそうで、見た目より軽いです。

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 コロと野菜の焚合せ。

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 鯨の竜田揚げ。

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 鯨のカルパッチョ。

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 百尋。

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 ベーコン。

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 他にもフグの白子焼き、稚鮎などいろいろいただきました。最後はこのお店の名物の鯨はりしゃぶ鍋です。店主さんが出てきて、鍋を作りいろいろなお話しを聞かせてくれました。なかなか面白い方です。

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 名刺をいただきましたが、なぜかリーゼントの写真です。お酒を飲んで、鯨をたっぷり堪能して満足です。

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